gf01a201502211200

 

映画を見たり小説を読んだりアニメを見たりドラマを見たり。日常生活の中で人が何かしらのストーリーの触れる機会は結構あると思います。そういったエンタメを全く嗜まないという人は少ないはずです。僕はまさにゆとり世代の黄金期の人間なので少年時代はゲームと漫画にひたすら没頭して育った、いわば典型的なダメ人間でございます。全国のゆとり世代のみなさんすみません。そんな僕ですが、大人になってめっきりこの二つは手を出さなくなりました。特にゲームに関してはここ数年まったく手をつけてません。たぶんまたやり出したら止まらないんでしょうけど、今はどうしても他に時間を使いこともあってやる気が起こらない。

理由としては、ゲームはストーリーを楽しむというよりもゲーム内容そのものを楽しむことがメインなので、ストーリーをがっつり楽しみたい僕としては時間の無駄が多すぎるんですよ。RPGが大好きだった僕ですが、あれこそ膨大な時間の無駄遣いですよね。レベル上げてサブイベントでおつかいして他にもなんやかんや。だから今は全くやる気にならない。誰かがストーリーをまとめてくれたやつ読めば十分。Wikipediaで十分です。僕が過去にやりまくったゲームの中でストーリーとしてちゃんと記憶に残ってるのはFF7とFF10くらいでしょうか。この二つは誰でも知ってる名作なのでまさに誰でも面白いと思える中身だということです。

漫画に関して言えば、昔はアホみたいに読んでました。買いまくってました。続刊買うだけで毎月のおこづかい全部ふっとんでたくらい。でも今は全くなんですよね。買って読んでるのは進撃の巨人くらい。理由としては、最初から完結する目処がなく始まったストーリーが面白くなるわけがないからです。要するに漫画って基本全部連載形式じゃないですか。続けることが目的になってるストーリーってのは話数を重ねるごとに絶対つまらなくなる。もちろんどんどん面白くなっていく漫画もたくさんあります。そこはもう作者の腕の見せ所ってやつでしょうね。ただ普通に考えて、前提として続ければ続けるほどストーリーはつまらなくなる。

言ってしまえば、それだけ長期に引き伸ばせるほど膨大な世界観も設定も人間の頭の中で妄想できる量には限界があるってことです。ストーリーにはたとえフィクションであってもそこにリアリティが必要です。つまりフィクションであるが故にどんな展開でも許されてしまうわけですが、それをやればやるほど作品は薄っぺらくなっていく。作者は唯一その作品を神の視点から俯瞰してるわけですが、その作者がリアリティを放棄してご都合主義を連発したら作品はどんどんゴミになっていきます。だからその範囲を超えない中でストーリーの密度を濃くするわけですが、やはりこれにも限界はあります。例外はワンピースの尾田さんくらいかと。

 

ストーリーとはルールを作り込んでいくこと


結論から言ってしまうと、本当に面白いストーリーは必ずルールが明確にあります。そのルールを全面に押し出して、その範囲の中でストーリーが展開していく。だから面白い。言わば限られた制約の中で登場人物たちが足掻くに足掻くからそこに作り話だけど作り話には見えないリアリティが生まれるわけです。このルールを取っ払って作ったストーリーはご都合主義だらけで意味不明な展開が連続する駄作になります。最初がどんなに面白かろうが、ストーリーを続けていくなかで作者の想像していた範囲を超え始めたあたりから駄作に転落する。進撃の巨人が面白いのは作者が先の展開まで頭の中で構成を終えた上で続いている作品だからです。

 

主人公が背負える使命にも運命にも限界がある


リアリティがある、それがストーリーが面白い大前提というのはもう明確ですが、そうなると当然、登場人物たちも生きた人間として描く必要があります。つまり生きた人間である以上、何でも俺が解決する!とか俺が本気出せば最後は気合で勝つ!とかそういうのほんとありえないわけです。マジでゴミ。若年層の妄想を具現化しただけみたいな薄っぺらい作品はそこ止まりです。主人公が勝つのが悪いのではなく、どうせ最後は勝って終わるんでしょと匂わせてしまうことが問題なわけです。最後は勝つと分かってても続きが気になる作品はあります。でも本当に稀です。ユーザーが求めているのは結果ではなく過程だということを理解してません。

 

登場人物たちの目的がそんな沢山あるわけない


ストーリーの中に登場する以上、そのキャラは意味があって登場する必要があります。つまり必要ないキャラは一人も登場させないというのが基本なわけです。そのためには全てのキャラクターに明確な役割を与える必要があって、役割とはつまりそのキャラクターの目的でもあります。みんな何かしらの目的があって自分の戦いを繰り広げていく、それがストーリーが進むに連れて上手く絡み合って大きく膨らんでいくから名作ができあがる。でも目的と言っても、それぞれの登場人物が持ってる目的なんて大抵は一つだし、せいぜい2つか3つくらいだと思います。そうなるとその目的を達成したキャラはそこから必要なくなる。また新たな目的を与えることも可能ではあるけど、それをやり続けると、あんたいつまで戦うのって思われちゃう。まさにそれがジャンプの長期連載ですね。もうええやろと。休めやと。でっかい問題を一つ解決したら普通その人の生きた伝説はそこで終わるんです。

 

それぞれの正義がぶつかり合う中にドラマがある


 

分かりやすい例として、世界征服を企む悪の組織を正義の味方が打ち倒す的なストーリーを挙げましょう。もちろんそういった勧善懲悪なストーリーが悪いわけじゃないですが、突っ込んで考えると悪の組織って世界征服して何がしたいの?とか正義の味方って何で戦いとか挑んじゃうの?ってなる。そこに個人的な恨みとか何でもいいから「そうせざるをえない理由」がないとキャラはあからさまに作り物になる。結局お前何がしたいの?って思った時ほどしらける瞬間ってないですよね。僕が最近見たアニメで前半部分はめちゃくちゃ面白くて引きも上手いしテーマも悪くない、でも後半で「こいつなんなの」って存在理由が見えなくなってきて、結局そのまま終わっちゃった作品がありました。マジで勿体ない。お前いらねぇじゃん、ってキャラが一人でもいるとストーリーは絶対ゴミになる。そう考えると必要最低限の登場人物だけで物語は進めていかなきゃいけないということに繋がります。

 

設定は増やせば増やすほど作品のルールが崩壊する


話が全然変わりますが、スポーツがどうして面白いのかを考えてみてください。どうしてこんなに長い間多くの人に愛されているのか。愛されるってことは、そこに面白いって感情が生まれているということです。つまりスポーツってのは面白いを徹底的に極めたエンタメの代表とも言える。答えはシンプルです。そこにルールがあって、そのルールの中で両者が本気の勝負をするからです。限られた範囲の中で互いに全力でぶつかり合うからそこに面白いという感情が生まれる。仮にスポーツが何のルールもなくファールし放題のゲームだったら見てて楽しいですか。クソつまんないですよね。ルールの中でギリギリのバトルを繰り広げるからそこにドラマが生まれるんです。

ルールが増えていくと試合そのものがカオスなことになっていく。それがストーリーにもそのまま当てはまります。設定が増えるとそれぞれの因果関係や設定の存在理由が曖昧になっていき、大きな矛盾が生まれたり作品そのものが崩壊したりします。設定が多いほど奥が深いというのは正しくもあり、間違ってもいるわけです。設定はあくまでストーリーを面白くするために最低限必要なルールであって、邪魔なルールは作品をつまらなくするだけなのです。本当に面白いストーリーってのは誰でも理解できる設定、つまりルールの中で様々な登場人物たちの複雑な人間関係やそれぞれの正義がぶつかり合って小さなドラマが大きなドラマへと収束していく。それが本物だと僕は思います。

 

という感じで以上、いかがでしたでしょうか。ぶっちゃけますと、面白いストーリーってほとんどありません。それは感情ではなくこうやって理屈で分解してみると明確に分かります。面白い作品を探すことよりも、つまらない作品を理解する方が本当に面白い作品にたどり着く唯一の道なのかなと僕は思っています。面白いって感情は誰でも説明できる。でもつまらないって感情を説明できる人は少ない。おもしろいとかつまらいないという感情を、感情ではなく理屈で説明できるようになった時こそ、ストーリーを本当の意味で深く味わう楽しみの境地へと辿り着けると思います。まぁそこまで行っちゃうと楽しめるエンタメがほぼ0になるから困ったもんではあるんですけどね。